この映画は一体、何なんだ・・・
上映時間72分、16mm白黒、台詞なし。説明的描写を一切排した実験映画的な
作りで「神の死と再生」を描いているらしい。本作の監督は、あちこちの撮影所からジャンク品の機材を譲ってもらい、さらに資金が無くなれば他人の作品にスタッフで参加しながら資金を調達し、本作の制作に着手した。
傷でボロボロ状態の映像はタランティーノ&ロドリゲスの「グラインドハウス」以降、溢れたポストプロダクション処理ではもちろんない。監督自ら暗室にこもって撮影前の生フィルムにやすりがけをした成果である。一分間の映像に対し十時間近くものオプチカル処理を施しポスプロに三年を要したという事実からも、本作に賭ける監督の狂気の執念が伺える。
本作の映像の内容は一見何が映っているのか分かり辛く、よくよく観ても判別不能な部分さえある。さらにサイレントノイズとも言うべき音響がその曖昧さに拍車をかける。例えばマリリン・マンソンは「Cryptorchid」のPVに本作の映像を引用しているが、その狙いは分かるし効果的でもある。だが実際の
「Begotten」に流れているのはマンソンの曲とは似ても似つかない、囁くような静けさを湛えたミニマルサウンドで、しかも辛うじて聞こえて来る程度のボリュームな為、観客は混乱し不安に苛まれる。
本作の映像を文字で説明する時、その無意味さに途方に暮れてしまう。だが敢えて冒頭シークエンスについて描写してみたい。
森の中の廃屋。部屋の片隅に座る男。口から真っ黒な血を流しながら痙攣している男が、リズミカルなモーションのまま剃刀で自分の腹部を切り始める。溢れ出た腸に執拗に刃を振り続け、汚物を垂れ流しながらやがて事切れる男。その服の裾の下から、仮面舞踏会風のアイマスクをつけた女が現れると、男のどす黒い陰茎をしごき始める。腹部に迸った精液を指ですくい取った女は、亀の子たわしのような茂みに覆われた自らの下腹部にそれをこすり付けるのだった(ここにエロさは一切もない、念のため)。
意味不明だろうがそれでOK。何せ文字による安易な描写を許さないほど謎めいているのだ。映画はその後も、どことも知れぬ岩山の合間で強制的カニバリズム(らしき行為)があったり、原始的な儀式を思わせる女性の陰部への執拗な責め(らしき行為)があったりと、はっきりしないが何かアウトなことをやらか
している異形の連中を静かに映し出す。4Kだ8Kだとハッキリクッキリな高画質化へ向けて加速する映像文
化に慣れ親しむ我々にとって、本作を覆い尽す曖昧さに起因する居心地の悪さは精神的に相当きついものがあるのだが、最終的には何か荘厳ささえ感じさせるのだから恐れ入る。そんな本作をスーザン・ソンタグは絶賛し、ヴェルナー・ヘルツォークは惚れ込んだ。誕生日にクリスピン・グローヴァーからこの映画のコピーを贈られたコラス・ケイジは、これが縁で「シャドウ・オブ・ヴァンパイア」をプロデュースする事になる。 |