コンチェルト・グロッソをサントラとする「見知らぬ乗客」のリメイク

作曲家ルイス・バカロフとイタリアのプログレバンドのコラボが生み出した名盤としてオザンナの『ミラノ・カリブロ9』と並び称されるニュー・トロルスの『コンチェルト・グロッソ』。クラシックとロックの完璧な融合と謳われたこのアルバムのA面も『ミラノ〜』同様映画のサントラ(のリ・アレンジ)なのだが、肝心の映画本編は映画ファンにも音楽ファンにもほとんど知られていない。ニュー・トロルスのメンバーが弾き語りでカメオ出演まで果たしているのだが。

ヒッチコックの『見知らぬ乗客』はミステリーの女王パトリシア・ハイスミス長編第一作の映画化。交換殺人を描く傑作として名高いが、70年代にイタリアでリメイクされていたという事実は、これもまたほとんど知られていない。ハイスミスの名前もクレジットされておらず非公式な映画化ゆえに認知度が低いのも尤もだが、キャラクター設定を変えてあるとは言えプロットはそっくりである。

『コンチェルト・グロッソ』をサントラとする『見知らぬ乗客』のリメイク。それこそがユーロクライム史上屈指の傑作である本作である。主演は『血斗のジャンゴ』『荒野の処刑』『ザ・サムライ/荒野の珍道中』他、未公開作も含め幾多のマカロニウェスタンにおいて個性的なキャラを変幻自在に演じてみせたトーマス・ミリアン。70年代にはイタリアン・クライムにも多数出演しアウトロー刑事から犯罪者まで演じたミリアンが、本作ではのっぴきならない状況に追い詰められて行く普通の男性役で、彼の魅力が存分に発揮された一本としてもファン必見である。共演は『豚小屋』『暗殺の森』のピエール・クレマンティ。ミリアンが心惹かれる伯爵役をデカダンな雰囲気とともに見事に演じている。

映画は、ミリアン演じる広告カメラマンのステファノと、不倫相手の若いモデル、ファビエンヌとの情事のシーンで始まる。全裸のファビエンヌに対し、ポーズの指示を出し写真の構図を決める真似をするステファノ。戯れる不倫カップルを映すこのタイトルシークェンスを印象的なものにしているのが、バックにかかる美しい調べ「アダージョ(影たち)」。ここで聴けるのはミリアンがボーカルを担当した貴重なバージョンだったりする。妻との関係は冷めきっているが、ステファノには彼女の財産が必要だ。そんな折、ベニスで「伯爵」を名乗る謎めいた雰囲気の男と出会い、交換殺人を持ちかけられる。あなたにとって邪魔者である奥さんを殺すから、代わりに私を苦しめるサディステックな弟を殺して欲しい。お互いに被害者との関係も、動機もないから決して疑われることはないと。冗談として受け流したステファノだったが、妻が本当に殺され、警察沙汰となるに至っていよいよ「契約」を実行せざるを得ない状況に追い込まれる。

『見知らぬ乗客』ではほとんど描かれなかったが、本作ではステファノと伯爵の間に明確な同性愛的雰囲気が漂う。伯爵のキャラクターを単なるサイコパスではなく、どこか人の気を惹く魅力を持った「人たらし」として描いているのは、『見知らぬ乗客』とは大きく異なるクライマックスのためにも重要な部分と言える。最早逃げ場なしと悟り契約を果たす覚悟を決めたステファノは、「仕事道具」が入ったバッグを受け取ると、ファビエンヌの制止を振り切って指定された暗殺決行現場サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂に向かう。劇的に盛り上がるメロディ「アンダンテ・コン・モート」が流れる中、一言のセリフもなしに描かれるここからのラスト5分は震えが止まらない見事なクライマックスとなっており、シェイクスピアから取られたフレーズのリフレインが印象的な「シャドウズ」と共に観客の心を撃ち抜く。もう完璧過ぎる幕切れとしか言いようがない。

この度、めでたく初Blu−ray化を果たした本作だが、本編はネガフィルムから新規4Kレストアが施された。さらに特典として、イタリアのVHSでしか観られないシーンを追加した拡張バージョンまで収録されている。遂に本作がBlu-rayで観られる日がきたことに感謝、感激でございます。


The Designated Victim (1971)
 ¥4400




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